Fランクビルメンはまブログ

過去の職歴や現在のビルメンの仕事を紹介しています。

第3話 自衛隊後期教育から自衛隊退職まで

こんにちは、Fランクビルメンのはまです。

 

今回は、自衛隊の後期教育から退職するまでのお話をしたいと思います習志野駐屯地での前期教育が終わり、大砲を扱う後期教育を受ける為に山梨県にある北富士駐屯地にやってきました。1班8名で3班あったので24名で後期教育を受けます。みんな前期教育を受けた駐屯地はバラバラです、全国から集まってきています。撃ち方を覚える大砲はFH70(155mmりゅう弾砲)と言って当時では新しい大砲です。この大砲を閉まっている状態から撃てる状態にするまでの訓練を受けます。期間は約2ヵ月間です。

 

後期教育が終わるとそのままそこの駐屯地の部隊に配属になります。部隊には2種類あってFH70を射撃する部隊をそれを支援する本部管理中隊があります。私は本部管理中隊に配属になりました。その本部管理中隊の中にもいろいろあって測量班、通信班、衛生班などがあります。私は測量班の配属になりました。そして測量を覚える為にまた2ヵ月間教育を受ける事になりました。特科測量と言って敵の位置と自分の位置と大砲のある位置をサインコサインタンジェントなどの三角関数を使って約30キロ離れている大砲の弾が正確に敵にあたるように座標を計算して仲間に連絡します。測量班の自分は敵が見える位置にいるので、一番敵に近いからやられる可能性があります。ランボーのようになりたかったのに、なんでサインコサインタンジェントの勉強しないといけないんだよ!って嫌になっていました、前期教育の終わりの時に何も考えず特科部隊を選んでしまった事をすごい後悔しました。測量教育の最後に試験がありますが、その試験には無事に合格しました。2ヵ月間の測量教育が終わると本部管理中隊に戻ってきます。

 

部隊に戻ってきても普段はあまりやる事がありません、倉庫整理とか臨時勤務ですね。臨時勤務というのは食堂で約200人分の飯を作る糧食班と火災の時に消火活動をする消防隊などがあります。臨時勤務の期間は3ヵ月です。消防隊の臨時勤務は、すごい楽なので行きたかったですが、行けませんでした。糧食班の臨時勤務には行きました、1班5名で3班あります。朝飯、昼飯、夕飯を作りました、朝は5時起きなので大変です。本部管理中隊にいる間は土日祝休みですが、臨時勤務に行っている間は交代勤務なので平日にも休みがあります、臨時勤務に行っている間に近くの教習所に通って普通自動車免許を取得しました。自衛隊は1任期2年間の勤務なので、1任期が終わる頃に部隊に残って続けるか?辞めるか?聞かれます。あまりやりがいも感じられなかったので退職する事にしました。当時は海外派遣もなく、災害派遣も行った事がありませんでした。海外派遣があれば行ってみたかったですね。部隊の先輩から「辞めない方がいいぞ、民間企業は自衛隊より全然厳しいぞ、自衛隊の方が楽だぞ」と教えてくれましたが、確かにその通りでした、民間企業の方が全然厳しいです。自衛隊にいた方が生活も安定しているし全然楽でした、戻れるなら戻りたいですが、年齢的にもう戻れまん。今思うと続けていればよかったな~と後悔しています。

 

自衛隊を1任期(2年)で退職した後は実家に戻ってきました。自衛隊が暇すぎでやりがいがなかったので、海外の部隊に行こうと思ってフランス外人部隊に行く事に決めました。とりあえずフランス語がまったくわからなかったので外国語学校でフランス語の勉強をする事にしました、1回1時間、週2回、3ヵ月間通う事になりました。勉強も終わりの時期になって、父が急に病気になりました、首の神経に異常があるみたいで体の右半分が少し麻痺している状態になってしまったんです。右手でハンドルとか大きな物は握れますが、ボタンを付けるような細かい作業ができなくなりました、右足もびっこを引くような感じで歩くようになってしまいました。父はトラック運転手の仕事をしていましたが、一人では出来ないので手伝ってほしいと頼まれて、フランス外人部隊に行くのは諦めて約1年ほど父の仕事を手伝う事にしました。

 

自衛隊HPより引用FH70

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